カリフォルニアのストックトン市から、ベテル教会のカンフェレンスを訪れ、その時、ヒーリングルームで素晴らしい体験をされたセラという女性の証しから紹介します。
5、6年前のことになりますが、彼女の両肩の痛みが始まりました。その時まで、バスケットボールに熱中していたセラは、あまりの痛みに医者に行き、バスケットボールをやめるか、非常に危険な手術を受けるかの選択を強いられ、結局バスケットボールをやめる選択をせざるを得なくなってしまいました。 彼女のような若い女性が煩う事は稀である症状という事ですが、その後、痛みは常に続き、彼女は何回も祈ってもらい、一時的に癒しを体験しますが、毎回同じ痛みが戻ってきていました。 最近、右の肩の痛みがひどく増し、カンフェレンスに来てから、10回も祈ってもらいましたが、毎回痛みは戻り、逆にひどくなりました。ヒーリングルームに来た際、ある女の人に祈ってもらっていた時に、その女性が彼女に「コーチを赦さないといけないと強く感じます。」と言いました。セラは、それを聞いて、ぼろぼろ泣き出しました。 実は、その痛みが始まった5、6年前、彼女のチームに新任コーチがやって来て、当時リーグ戦の2位だった彼女達のチームを最下位に陥れ、彼女を含め、チームメンバーの全員の人生が彼によって台無しにされてしまいました。結局チームを無理矢理にやめさせられたセラは、その時からコーチに対し恨みと赦さない気持ちを抱えてきていたのです。
今回、ヒーリングルームにきてそれが明らかになり、コーチを赦し、彼を祝福する祈りをした瞬間に、肩の痛みが去っていきました。考えてみると、つながりが見えて来ます。バスケットボールやめさせられて、コーチに恨みを抱いてから2週間後に、この痛みが始まったのです。
この証しは、「今週の証し」の中でも紹介しましたが、大切な御国の原則が見えています。イエスの話を見てみると、人を赦す事がどれほど大切な事かが明確に書かれています。
「もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。」(マタイ 6:14-15)
また、マタイ 18:23〜35 には、不思議な箇所があります。自分は主人に赦されたのに、仲間を赦さなかったしもべの話です。
その最後に、この言葉があります。
「こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」(マタイ 18:34-35)
何度も読んだ事のある箇所ですが、この「彼を獄吏に引き渡した。」の箇所はどういう意味でしょうか?おそらく、これは、赦さない事が原因で煩う病気や精神的な苦難です。もちろんこれは、永遠の裁きではありません。
「借金を全部返すまで」の箇所も、不思議です。
人を赦さない時、私達には自分の罪の「借金」が残り、「獄吏に引き渡されて」体の病気や精神不安定などによって、捕われてしまう事もあり得る、という事です。
上記のセラの話は、珍しい話ではありません。何度も、同じような証しを耳にします。私達の多くは、天のお父さんの赦しを経験しているのにも関わらず、人を赦すことで躓いてしまいます。
素晴らしい神様の愛と恵みを見ると、セラがその相手を赦した瞬間、彼女も癒されて、「獄吏」から解放されました。
愛するお父さんは、私達が一秒も早く、牢獄から解放される事を望んでおられます。