1タラントをもらった人は、10タラントをもらった人を見て、自分と比較してしまいました。彼はおそらく、こんなことを考えたでしょう。「あの人は、音楽が出来る、賛美リードも上手、人の前に出て話したり、メッセージをするのも平気。教会の奉仕をするのは当然だ。それに比べて私はどうだろう。そんな事は何もできない。やっぱり、教会に来て、受けるだけで良い。」
キリストにある皆は、全ての人が既にリーダーです。与えるべき人々です。ただ、それを認めて、リードするスキルを磨き、毎日の生活の中で、それをこなして行くかどうかが問題です。子育て中のお母さんは、毎日子供達を御国に仕える者として教えています。未信者の同僚を持つ会社員は、職場で聖霊の導きを信じて、御国の生き方を現しています。イエスの憐れみと愛を持って仕える中で、同級生を励ましている学生達もいることでしょう。
リードする役割や場面はそれぞれ違っています。またキリストにあるリードと言うもの自体が、この世のそれとは全く違っています。しかし一つ言えることは、私達キリストにある者全てに、他に与える事のできる物が、既に沢山与えられているという事です。
次に、御国の原則についてです。
マタイ 7:2 ...あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。御国の原則によると、人は自分が与える程度によって、与えられると言う事です。しっかり準備ができて、学びも終わり、立派なリーダーになるまでは、私には何もできませんと言ってしまう事は、根本的にあり得ません!
マルコ 4:24 ...人に量ってあげるその量りで、自分にも量り与えられ、さらにその上に増し加えられます。
ルカ 6:38 与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。...あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」
既に与えられているものを、忠実に取り扱い、他の人に流しだす者だけが、さらに、与えられるのです。自分の成長のために、逆にどんどん踏み出さなければならないという事です。他の人を積極的にリードすることによって、霊的な祝福を沢山もらいます。逆に、準備が出来るまで待つならば、それは「神様から頂く姿勢」ではなく、神から目をそらし、自分の事、自分の才能、能力に目を留めてしまう結果になってしまいます。
私達は皆、既にある意味リーダーなのです。既に多くの人に、神の御国の影響を与えています。そしてそれを可能にするための全ての必要は、神様が備えてくださいます。
人の前に立ち、教えたりする事だけがリーダーの仕事ではありません。イエスはどのようにして、人々を導いたでしょうか?あなたが今日、遣わされたその所でできる「人々に与えていく事」を是非見つけてみてください。