2009年1月8日木曜日

天の御国は、人が地に種を蒔くようなものです。

今日は、「天の御国は、... のようなものです。」という御言葉をいくつか読みたいと思います。

「天の御国は...
  • 人が地に種を蒔くようなもので、夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。どのようにしてか、人は知りません。地は人手によらず実をならせるもので、初めに苗、次に穂、次に穂の中に実が入ります。実が熟すると、人はすぐにかまを入れます。収穫の時が来たからです。(マルコ 4:26-29)
  • からし種のようなものです。それを取って庭に蒔いたところ、生長して木になり、空の鳥が枝に巣を作りました。(ルカ 13:19)
  • パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。(マタイ 13:33)

「種」とは、何でしょうか?もちろん、御言葉ですが、具体的に言うと、私達の口から出る言葉、態度と行動です。
私達が、語らないと、人々は、御国の種を受けることはできません。

「しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。」ローマ 10:14-15


私達は、この「御言葉の種」を出て行く所々に蒔くように、遣わされています。
これは、舞台から、説教するという意味でしょうか?群衆の前に立って、御言葉を一方的に語ることでしょうか?
違います。私達の人生の全てを通して、語る言葉、態度と行動を通して、イエスの香りを積極的に放つことです。
これは絶対押し付けるような行動ではありません。私達のしてきた伝道の中には、聞きたくない人に、福音のメッセージを無理矢理に押し付けるような行動に過ぎません。

「あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります。」コロサイ 4:6
「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。」エペソ 4:29


私自身もこのところで、よく失敗したことがあります。相手の気持ちを考えずに、一方的に福音を伝えようとしたことがよくあります。
その時は、「徳を養うのに役立つことば」や「塩味のきいたもの」よりも、塩辛くて好ましくないものを相手に与えてしまいました。
私達は、意外に小さいことを通して、恵みの御言葉を蒔く事ができます。

  • 人に悩み事を打ち明けられたり、友人が困難にあっている時、ただ話を聞くだけで終わらせずに、導かれたら、「主は、あなたのことを愛しています。気にかけておられます。何か祈ることはないですか?」と聞いてみましょう。愛が伝わり、神様も彼らのことを愛しておられることが分かります。
  • 自分の生活の一部である、神との交わりの時間で得た事を、自然に分かち合ってみましょう。「今日は、主と素晴らしい賛美と祈りの時を持ちました!新しく進む道を神が示して下さった!」と人にいうと、主は個人的に関係を持たれる方、主を知ることは楽しい事だと伝わります。
  • 常に、感謝、賛美、喜びの態度を持って、そのような事を言葉で表す時、人は、神には喜び、勝利、命、希望があることが分かります。
  • 「昨日、私の言ったことは間違っていたと主に示されました。主に祈ったら、赦して下さいました。しかし、あなたにも、誤って、赦しを求めることが示されました。ごめんなさい。赦して下さいますか?」と人に言うと、主が私達に語られる事、私達を赦して下さり、私達を導いて下さることが分かります。

神様から、聞く人に恵みを与える言葉、発言などに努めましょう。イエスの生き方は、まさにこのようなものでした。

「子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分からは何事も行うことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行うのです。」ヨハネ 5:19
「わたしは、自分から話したのではありません。わたしを遣わした父ご自身が、わたしが何を言い、何を話すべきかをお命じになりました。」ヨハネ 12:49