2008年12月29日月曜日

弟子訓練はいつから始まりますか?

地上にいる間、イエスが弟子たちに言われた最後の命令の一つはこれです。:

それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。マタイ 28:20

今日、皆さんに新しい質問をしたいと思います:

「弟子訓練はいつから始まりますか?」

今までの考え方では、人がイエスを自分の主と告白してから、弟子訓練が始まると思って来ました。

ある人は、キリストに従いたいと思い、弟子となる決心をします。そして、聖書を読んだり、御言葉に従うことを学び始めます。
またある人は、長い間聖書を読んでからやっとイエスを信じるようになります。
またある人は、先に聖霊に満たされ、異言で祈る経験をしてから、イエスを信じて弟子となります。

しかし、イエスは御言葉の中で、私達に出て行って弟子を作る事を始めに命じています。その観点から、「弟子訓練」は、クリスチャンの人がクリスチャンでない人と出会う時から始まると言えないでしょうか。

あなたの人生は、彼らにとって、キリストに従う者としての模範となっています。救いを求めているかどうかとは関係なく、人はあなたを見て、クリスチャンは何者であるかと学んでいます。
これは私達クリスチャンが、生き方を通して神の栄光を現すことのできる絶好の機会です。しかしながら、あるクリスチャンの人生は、この世の人の人生とさほど変わりがありません。良い意味でも、悪い意味でも、人はあなたの生き方を通して、キリストに従う者、クリスチャンのイメージが決まってしまいます。

あなたの周りの人々はどうでしょうか?家族、友人、親戚、同僚、同級生など、あなたの周囲の人々はあなたを見る時、何を見ていますか?あなたは毎日出会う人を、彼らがイエスを信じる前から、ある意味弟子とする事ができるのです。

あなたが彼らに犯した間違いの故に、赦しを乞う時、キリストは赦さす方である事を証ししています。
あなたが彼らのために祈るとき、キリストが彼らを愛し、気にかけておられる事を証しすることができます。
あなたが彼らの病いのために祈る時、キリストが癒し主であり、彼らの病いを癒したいと望んでおられる事を証しすることができます。
あなたが彼らの必要に心から仕え、助けを必要とする者に手を貸す時、キリストが彼らにとっても個人的に関わりになりたいと愛を示されている事を証しすることができます。

あなたはそれらの人々と毎日会いますか?週に一回ですか?その頻繁さには関わらず、彼らと出会う度に、私達はキリストに従う者の生き方がどのようなものであるかの見本を示して行く事ができるのです。皆さんも、与えられたそれぞれの場所で、もう既にこのように生きておられると思いますが、時々こういう事を意図的に考えてみる機会になればと思い、分かち合いました。

あなたの光をこの世に照らして下さい!

以下は具体的なアイディアです。当然の事ですが、私達がこの世に踏み出して行く時、最も大切なことは聖霊様の導きを聞いて行く事です。聖霊が示される通りに、皆さんの周りの人々の中に、キリストの生き方を証しして行きましょう。

・無理強いはしないように!でもあなたの中でイエスが全てであると言うのなら、会話の中にも、あなたのイエスに対する信仰は自然に出て来るはずです。
・神が見せて下さっている啓示や、あなたに教えて下さっている事を、普段の生活の中で人々に分かち合いましょう。
・ノンクリスチャンの人であっても、あなたが彼らに対して過ちを犯したり、言うべきでない事を言ってしまったりしたら、すぐに赦しを乞いに行きましょう。神は赦される方です。
・彼らのために祈りましょう。彼らの抱えている問題や悩みのために、可能なら目の前で祈ってあげましょう。神が答えて下さることを期待して祈りましょう。
・聖霊に知識の言葉や啓示、必要な時に与えることのできる言葉を頂きましょう。そしてそれを大胆に分かち合いましょう。
・既成の「クリスチャン概念」のようなものを脱ぎ捨てましょう。シンプルにキリストを生き方を通して現しましょう。人々は「宗教」にはもう、まっぴら懲りています!