2008年12月17日水曜日

すべて、疲れた人よ!

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」
マタイ 11:28-30 
・イエスの所に行きます。
宗教ではなく、本にではなく、毎日の習慣ではなく、私達は、イエス、この「もと」に行きます。

・イエスから休息を受けます。
イエスの所には、休息があります。イエスと一緒にいると、たましいが楽になります。安らぎが来ます。
もし、祈ったり、聖書を読んだりすることによって、逆に疲れてしまうなら、おそらく、私達は自分の力で、頑張っています。本当にイエスの所に行ったものには、いのち、また安らぎが与えられるからです。

・イエスのくびきは、負いやすい。イエスの重荷は、軽いです。
ここでも、毎日の生活の中で、皆さんの心に、休む余裕がなければ、イエスのくびきではなく、自分のくびき、他の人からのくびき、社会からのくびき、または、宗教のくびきを背負っているのかもしれません。
イエスのくびきは、イエスからの恵みなので、軽いです。もちろん、恵みがなければ、背負うこともできません。

・イエスから学ぶ事
その軽い重荷の一つは、イエスから学ぶことです。つづけて、イエスからの啓示が必要です。
ローマ12に書いてあるように、私達は、常に、心の一新によって自分を変えていかなければなりません。

ここに書いてあるように、聖書からではなく、「イエスから学ぶ」ことによって休むことができます。もちろん、イエスから、聖書を通して、学ぶことはできますが、パリサイ人のように、聖書を一生懸命勉強しても、イエスのもとに行かなければ、休みは頂けません。

どうやって、イエスから学ぶでしょうか?
初めは、御霊に聞きながら、聖書を読むこと − 聖書を勉強するだけでは、頭の知識に過ぎません。しかし、御霊がその御言葉を通して語って下さったら、それが命となります。このために、聖書をよみながら、また、読んだあと、心を静めて、神の声に耳を傾けることが大切です。
また、それだけではなく、学んだことを実行しなければなりません。従うこと − 今日、教えられたことに従わなければ、明日、新しい啓示は来ません。

「イエスからの学び方」
一つの簡単な、「イエスからの学び方」を分かち合います。
ノートを使って、3段に分けます。

1. 御言葉を書き写してください。(普通は、2〜5節で十分。もっと長い箇所を読んでもいいですが、一番心に残った2〜5節を書いて下さい。)
2. 読んだ箇所の解釈やキーポイントを書いて下さい。
3. 従うための決断、または、新しい啓示を書いてください。
4. 学んだことを実際に実行してください。
5. 誰かに、学んだことを分かち合って下さい。

この同じやり方をぜひ家族や小グループでやってみて下さい。

だれでも、聖書を勉強することはできますが、御霊が一緒にいなければ、主の御声に従うことはできません。ですので、4〜5番を実行することは、1〜3番と同じ位大切です。

主イエスのもとにいて、主から学んで、その豊かな命を頂いて、この傷ついた世界に分かち合いましょう!