2011年2月1日火曜日

ソーキング:神の臨在に浸る 

会話の後半部分
イエス様は、「求めなさい、そうすれば与えられます」と言われました。私たちは求めるのは得意なのですが、、、「受けること」はどうでしょうか?私たちの側だけが話していれば、かなり一方的な会話になってしまいます。ソーキングとは、主との会話の「聞く」部分です。横になって、主から受けるために時間を割くことです。

ただリラックスする
神様と出会うことの主な妨げは、私たちのガンバリです。神様からの最大の助言は、「ただリラックスしなさい」ということです。詩篇46:10で神様はこう言っておられます。「静まって、わたしこそ神であることを知りなさい。」神様を知る方法は、平安と静まることによってです。

静思の時(クワイエット タイム)
外側が平安な環境になることは、私たちの内側が平安になることを助けます。ソーキングをする時は、静かなインストロメンタル音楽か、あるいは、ワーシップ音楽をかけて、横になるのです。最初は、いろいろな思いで頭がいっぱいになるでしょうが、その思いと争おうとしないことです。思いが静まるのを待って、私たちの思いを聖霊様にゆだねるのです。主が私たちの霊の中におられることを思い巡らし、主がすぐそばにいてくださることを信じるのです。気がそらされても、いらだたず、もう一度思いを主に向けるのです。

横になる
私たちは、横になることが、一番良い姿勢であることを発見しました。肉体的にリラックスし、主に集中する助けになるのです。横になることによって、神様に対して自分たちのやりたいことを明け渡すという意思表示になるのです。自分の支配権を主にゆだねるのです。聖霊様に身を任せるのです。愚かに感じ、プライドが傷つくかもしれません。ソーキングはへりくだる行為です。

ヒューマン・ビーイング(英語で人間の事)(ヒューマン・ドゥーイングではない)
最初に心の中で、マリヤとマルタの葛藤があるかもしれません。私たちはとかく、マルタのように何かを「しなければ」と感じます。しかし、ソーキングはマリヤ的時間です。マルタはイエス様に仕えることの忙しさに捕らわれてしまいました。ソーキングは、自分の努力でどれくらい達成できるかということではありません。私たちの内における神様の働きなのです。

子供のような信仰
ソーキングとは献身です。「神様、この時間はあなたのためです。」
ソーキングとは招きです。「神様、あなたの望まれることを私の内に行ってください。」
ソーキングとは期待です。「天のお父様、私があなたの中で安らいでいる今、私の内で成し遂げてくださっていることを感謝します。」子供のように主のもとに来て、主が私たちの内で良いことを行ってくださっていることを信じるのです。「あなたがたも…自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」(ルカ11:13) 

休息と回復
ソーキングは、詩篇23篇的体験です。主は私たちを緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴ってくださいます。私たちのたましいを生き返らせてくださいます。この回復の過程の中で私たちは肉体的あるいは感情的に何らかの反応をするかもしれません。聖霊様が私たちの中で働くにつれて、私たちは笑うかもしれませんし、あるいは涙を流したり、からだが震えるかもしれません。聖霊様が幻を与えてくださったり、いやしたいと願っておられる記憶を思い起こさせてくださるかもしれません。多くの場合、深い安息に入りますし、実際に寝てしまうかもしれません。たとえ何を感じなくても、主が私たちの霊の中に働いていてくださることを信じるのです。

ぶどうの木にとどまる
神様と親密になることは私たちの人生のあらゆる面で実を結ぶ鍵となります。私たちが自分のうちにある主の臨在に気づけば気づくほど、私たちの周りの人たちもそれに気づきます。私たちが自分のうちにある主の臨在に影響されればされるほど、周りの人々もそうなります。神様と共に隠れ場で時間を過ごすことによって、毎日の生活の中で霊によって歩むようになります。神様のために何かを成し遂げようとやっきになるのではなく、私たちを通して主がご自分の御国を建て上げてくださるのを発見するようになります。「権力によらず、能力によらず、私の霊によって」(ゼカリヤ4:6)

どのようにソーキングをするか
居心地良く横になれるところを探す。
忙しく動き回る思いが静まるのを待つ。(その思いと闘わないようにしてください。)
聖霊様の臨在に浸してくださるようにお招きする。
自分自身(思いも体もたましい)を、祈りながら聖霊様に明け渡す。
自分の中にある主の臨在に焦点を合わせる。
主が自分自身の中で働いていることを信じ、信仰によって安息する。
できるだけ時間を取る。(リラックスし、受け取り始めるのに、自分に少なくても20分を与えてください。)
リフレッシュされ、聖霊に満たされて起き上がる。
自分と自分の周りの世界を神様が変えてくださるのを見てください。

ソーキングに関するみことば
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
詩篇23:1-3

…床の上で自分の心に語り、静まれ。 セラ
詩篇4:4

主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。
詩篇37:7

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。
マタイ11:28-30

したがって、安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。神の安息に入った者ならば、神がご自分のわざを終えて休まれたように、自分のわざを終えて休んだはずです。ですから、私たちは、この安息に入るよう力を尽くして努め、あの不従順の例にならって落後する者が、ひとりもいないようにしようではありませんか。
ヘブル4:9-11

静まって、わたしこそ神であることを知れ。
詩篇46:10

疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。 若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
イザヤ40:29-31

待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。
詩篇27:14

ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買い、代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え。なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたととこしえの契約、ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ。
イザヤ55:1-3

彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。
ルカ10:39

・インターネット上の「ソーキング・サイト」   (文責 グドール ジェラルド)
疲れを覚えている人がたくさんいる現在、アメリカなどではソーキングが燎原(りょうげん)の火のごとく拡がっています。そして、インターネットのウエブサイトを通して、良質の「ソーキング・ミュージック」が無料で提供されています。コンピュータを通してインターネットにアクセスできる方はぜひ利用してください。

ここに二つの「ソーキング・サイト」を紹介します。

●Soaking With A Purpose (SWAP) http://www.soakingwithapurpose.com/
「目的をもったソーキング」という名前のこのサイトは、豊富な種類のソーキング・ミュージックを提供しています。このサイトのホームページの、GENREというタブをクリックしてください。そうすると、様々なジャンル別のソーキング・ミュージックを聴くことができます。聴くだけでなく、ダウンロードすることのできる曲もあります。ことばの入らないインストロメンタル曲もありますし、ことば(英語)の入った曲もあります。
私は、ブライアン・ロングリッジ(Brian Longridge)という人のソーキング・ミュージックが好きです。そのなかでも、”Longing”(切望とか、あこがれという意味です)という曲が好きです。いくら聴いても飽きない、主の臨在あふれる曲です。ソーキングの時によく聴きます。

●Soaking.Net http://www.soaking.net/
これは私が最初に出会ったソーキング・サイトです。ホームページにミュージック・プレイヤーがあり、クリックすれば24時間ソーキング・ミュージックが聴けます。上の方にある、ミュージック・プレイヤー(Music Player)をクリックすれば、ことばの無いインストロメンタル曲(Music Only)が聴けます。その下にあるミュージック・プレイヤーをクリックすればことばの入った曲(Songs and Music)が聴けます。気に入ったソーキング・ミュージックがあれば、CDを購入したり、ダウンロードをすることができます。

この他にもソーキング・サイトはいくつかあるようです。是非ご自分で探してみてください。

CTFミニストリーズ「ソーキング」パンフレットより翻訳、グドール ジェラルドから届きました。)