2009年9月8日火曜日

超自然的な賜物

クリスチャンの歩みは、不可能なものの集結です。クリスチャンとして私達が行う事で、聖霊の助け無しに私達が行った所で、何か特別の価値や意味のあるものはありません。聖霊の助け無しにやろうと思えば、おそらく多くの事が可能でしょう。しかし、神無しには成し遂げる事の不可能な課題を目の前にして、私達の心は神を恐れるのです。

だからこそ神は言っておられます。

「小さな群れよ。恐れることはない。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。ルカ12:32」

何をそんなに恐れることがあるのでしょう。不可能な御国をです。この真理をはっきりと理解する時、神が下さる賜物を手にしながら、あなたは震えが止まらないはずです。ようこそ、あなたは不可能なものを可能に変えて行く御国の世界へと、迎え入れられたのです!

私達それぞれに下さった奉仕の賜物は、素晴らしいものばかりですが、それらが素晴らしいのは、神の息そのものが、そこに吹き込まれているからです。それが無ければ、どれほど周囲の人々から賞賛を得ようと、互いに拍手をし合おうと、永遠に影響を与えて行くものは、神が吹き送られる聖霊の息を帆で受け止める舟のように用いられる賜物だけなのです。

風と共にあって初めて、そこに目的があるのです。風がなければ、帆には目的はありません。私達が自分自身を、また自分に与えられた賜物を超自然的な息と共に捧げる時、真の目的の為に、それらは用いられて行くのです。